鈴木良雄、伊藤潔、タモリ、五野洋の4人が設立したONEレーベル第1弾! 世界のチンさんとセシルが送り出すゴキゲンなグルーヴに乗って若手NO1ピアニスト海野雅威が心地よくスイングする快作。 特にピアノ・トリオ・ファンにお薦めのハート・ウォーミングなアルバムです。[解説]小川隆夫



鈴木良雄(b)、海野雅威(p)、セシル・モンロー(ds)
プロデュース:鈴木良雄、増尾好秋
2006年6月NYC、ザ・スタジオにて録音。
Yoshio "Chin" Suzuki: bass
Tadataka Unno: piano / Cecil Monroe: drums



What Kind Of Fool Am I
Soon  
Falling In Love With Love
For You  
Roulette
Witchcraft  
Summer Night  
Triste
I Should Care  
Darn That Dream  



 本職の都合で単身赴任。ジャズの現場からはやや遠ざかった感があるが、逆に良かったのは、ジャズが完全に日々の生活のための大切な要素となったこと。いや、もちろん東京時代もそうだったのだが、なにせサラリーマンとの二足の草鞋。オフィスを出てタクシーに飛び乗り、さて今晩はいったい何のライヴ、誰のインタビューだっけと、自らを把握困難な時もありました。

 今は違います。もう好きな物、気持ちのいい音楽しか聴きません。仕事も平気で断ります。そういった意味ではライター生活25年を経て、いま最もお仕事感の少ない段階に入っているのかも。さて。その業界らしくない地方分権型ライターがご推薦するのは、鈴木良雄トリオの『フォー・ユー』。このアルバム、実はこの度新たに発足したレーベル“ONE”の第一弾としてリリースされた作品なのだ。

 レーベル“ONE”は、鈴木良雄本人、およそ日本のジャズに興味のあるファンだったら、この人の名前を知らないはずがない伝説の名プロデューサー伊藤潔、鈴木とは早稲田大学モダン・ジャズ研究会の先輩後輩であるタモリ、そして55 RECORDSの仕掛人五野洋が共同でプロデュースする新レーベル。各々、活躍する現場も立場も違うけど、共通するのはジャズに対する本気で深い愛情と、タモリはまあ別としても、死ぬまでジャズで喰っていくといった覚悟ではないか。だからこそ粗製乱造音楽とは真逆の、まずはプロデユーサー達自身が素直に楽しめるジャズを創ってやろうという目論見なのだろう。

 前置きが長くなったが、その第1弾『フォー・ユー』が実にいい塩梅なのだ。フィーチュアされるピアニストは海野雅威。これで「うんの・ただたか」と読ませるのだが、そういえばJAZZ TOKYO誌上にも、僕は海野の初リーダー作『ピー・カ・ブー』(What's New/WNCJ-2139)についてレポートして、同じような紹介の仕方をしている。そして、やっぱりなにかのご縁だったのだろう。この『フォー・ユー』も気に入って聴きこんでいたら、運良く6月のある週末、アルバム発表記念ライヴということで、ジャズ・イン・ラブリーに登場というではないか。そうです、名古屋なんですね。

 ライヴでは鈴木に「ジャズ界のハリー・ポッター」と紹介され、場内爆笑となった海野は1980年生まれの、まだあどけなさが残る26歳。しかしこの若者が実に弾いてくれるのだ。冒頭、「お仕事感減少」と自己分析するのはここ。海野がどんなに若くったって、どんなにテクニシャンだって、あるいはどんなに偉い人と共演して将来有望と誉められたって、今の僕には関係ない。彼の親族でも営業担当でもないからね。僕にとって気持ちがいいかどうかという、極めて自己中心的なアンテナに、彼のピアノが見事に引っかかってくるんです。仕事を終え自宅にたどり着き、まあ一人なもんだからビールでも飲みながら適当に食事を始めるわけだが、そんな時、古いエリントンのピアノやスタン・ゲッツ、貞夫さんの何枚か、メセニーの生ギター・ソロなどというセレクションに混じって、この赤いジャケットが随分と登場したものだ。これだけ聴かされれば隣の大学生もピアノのイントロ覚えただろう。

 海野のピアノの魅力をひとことで言ったら? うーん、難しいなあ。半端じゃないリラクゼーションがあるのは間違いないんだけど、でもそれはお気楽に流れるもんじゃない。彼の中にギリギリの自己制御、というかコントロールがあって、それが間違いなく一流の技量をバックに極めて自然に鍵盤上に展開される。いや、アルバムでもライヴでも、あまりに自然なものだから聴き逃してしまうくらい。でも、もう一度よく聴いてくださいね。この打鍵の発音の良さ!右手も左手も本当にクリアに鳴るんです。リズムも快適気持ちよい。そしてフレイズのチャーミングなこと。素敵な声の女性が耳元でハミングしてくれるような。フレイズのデジャ・ヴって言い方間違ってます? 既視感ならぬ既聴感。僕の記憶のなかの、この展開だったらこう弾いてよね、という筋道に自然に寄り添ってくるような。しかも知的な裏切りもあって。この軽快な流れが好きだなあ。

 もちろんトリオ自体はリーダー鈴木のナイーブな美意識にリードされているわけで、鈴木のオリジナルである4や5と、スタンダードの小粋なプレイがこのピアノ・トリオの2枚看板だろう。そして渡辺貞夫門下というか、元ピアニストというか、鈴木良雄というベーシストのメロディアスな才能は、やっぱり素敵だ。バンドのボトムでもちゃんと歌っている。本質的にバラード・プレーヤーなのかな。どんなテンポでもロマンチックなベースです。そしてドラムスのセシル・モンローの繊細さがあって、はじめてこのトリオが成立していることも事実。鈴木がMCで「こんなに音の綺麗なドラムスはいない。」と紹介していたけど、確かにそうだよねえ。

 CDショップで客や店員が「これって、凄く聴きやすいですよ。」と言ってるのを耳にすると、逆上してその耳にオーネット・コールマンやアガルタを捻り込みたくなる偏屈な筆者ですが、この鈴木良雄『フォー・ユー』には、俗世間の安易な聴きやすさとは次元の異なる、根元的な快適さがあることを保証します。僕の夜更けの相棒アーマッド・ジャマルも納得のスイング感。無印良品で買った防水型CDプレイヤーに入れて、お風呂で聴いおります。エンディングの循環が最高!(都並清史)
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